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松尾幸実さんの出身地は三重県?出身高校は?漫画家なの?

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松尾幸実

連続ドラマ「グ・ラ・メ!~総理の料理番」で女優デビューした松尾幸実さん。三重県代表として2013ミス・ユニバース日本代表に選ばれ、「漫画家兼モデル」だったことも話題となりました。

一方、プロフィールには「京都府出身」とあり、出身高校や大学が公開されていないことも相まって、三重県とのつながりを疑問視する人もいるようです。一体、松尾幸実さんの出身地はどこなのでしょうか?

ミス・ユニバース三重県大会

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ミス・ユニバース日本代表は、毎年開かれる全国47都道府県の地方大会を勝ちぬいたファイナリストたちから選ばれます。では各都道府県大会に応募するには、どのような資格が必要なのでしょうか。

松尾幸実さんが選ばれたミス・ユニバース・ジャパン三重大会の最新2017年の応募要領を見ると、応募資格には「2017年1月1日の時点で、年齢18歳以上26歳以下であることと、日本国籍(パスポート)をお持ちで未婚の女性ならどなたでも応募できます。」とあります。

注意事項に「2つ以上の地方大会に応募した場合は、出場する大会名と日程を 速やかに三重大会事務局まで報告してください」ともあるくらいですから、複数の都道府県の大会にエントリーする人もいるようです。

ただし、ミス・ユニバース・ジャパンの地方大会は地元のスポンサーに支えられており、地方大会のファイナリストはスポンサーの宣伝に協力することもあるようです。さらに、地元の美のプロフェッショナルたちによる「ビューティーキャンプ」を受講しなければなりません。

先にあげた2017三重大会の場合、ビューティーキャンプをプロデュースするのは三重県内で活躍する女性を集めた団体「みえアクティブウーマン」で、「お伊勢さんのある三重県らしい伝統文化・精神性」を学び、「伊勢志摩を代表する真珠の美しさ」を身にまとって全国大会に臨んでもらう、とあります。

この地元の気合いの入れようを見ると、縁もゆかりもなく、気軽に行き来する気もない都道府県の大会に応募するのは、難しそうです。

松尾幸実さんの場合、少なくとも大学時代には三重県に住んでいたか、三重県と頻繁に行き来していた馴染みのあった土地だったのではないでしょうか。

松尾幸実さんにとっての「出身地」の意味は?

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「出身地」という言葉は法律で明確に定義されてはおらず、一般的に次の3つの捉え方があります。1つ目は、生まれた土地すなわち「出生地」。2つ目は、生まれ育った土地。3つ目は一番長く住んだ場所、あるいは自分の人格形成に大きな影響を与えた場所。

ちなみに国土交通省が首都圏在住者の出身地を調査する際に用いたのは、「15歳くらいまでで最も長く住んでいたところ」というものでした。

松尾幸実さんの場合、「出生地」が京都府なのか、一番長く京都府に住んでいたかはわかりません。松尾幸実さんと思われるハンドルネームの人物が2011年に、「久しぶりの桃高チーム集合」というコメントと写真をウェブ上に載せていることから、「松尾幸実さんの出身高校は、地元で“桃高”と呼ばれる京都府立桃山高校ではないか」との推理もあります。

松尾幸実さんはかつて取材の中で「高校時代は美術部部長を務めた」とも語っています。ちなみに京都府立桃山高校には「絵画美術部」があり、学校ホームページを見ると、油絵からイラスト、立体造形まで各自の興味に合わせて創作、夏には合宿をしてスケッチやその場所の美術館見学に取り組む、など活発な活動を行っているようです。

これらの推理に従って考えるならば、松尾幸実さんは高校時代まで京都府で生まれ育ち、三重県の大学に進学した、というのが一番可能性のあるパターンかもしれません。

松尾幸実さんの出身地は「漫画カルチャー」そのもの?

一方、松尾幸実さんが取材に対し「高校から大学にかけては自宅に引きこもって漫画ばかり描いていた」「家からは出なかったが漫画を通じてできた仲間たちとSkypeで会話していた」とも語っています。

多感なティーンエイジャー時代、現実の高校や同級生たち以外に、松尾さんには「漫画と漫画仲間たち」という育みの場があり、その育みの場で「漫画家兼モデルの元ミスユニバース日本代表」「いつか実写化される漫画作品を描くという野望を抱く女優」という松尾幸実さんの個性が育っていきました。

「出身地」を「自分の人格形成に一番影響を与えた思い入れのある場所」と捉えるならば、「漫画という日本の誇るカルチャー」そのものが松尾幸実さんの「出身地」と言えるかもしれません。

松尾幸実の漫画やイラスト作品の魅力とは?その実力は?

2013ミスユニバース日本代表に選ばれた際には、漫画家兼モデルという異色の経歴が注目されました。それでは、松尾幸実さんは過去にどんな作品を描いてきたのでしょう?そして今後新しい作品は描くのでしょうか?

松尾幸実さんは、母親の影響で漫画家志願の「自称オタク気質」に?

物心ついた頃から漫画を描いていた、という松尾幸実さん。母親もかつて白泉社の少女漫画誌LaLaに投稿・受賞の経験があるとか。LaLaといえば『日出処の天子(山岸良子)』『摩利と新吾(木原敏江)』『櫻の園(吉田秋生)』など名作を生み出してきた老舗少女漫画誌です。

LaLaは、まだBL(ボーイズラブ)がサブカルの一大ジャンルとなる前からほのかなBL色を漂わせる作品が多く、ファンタジーや歴史ロマン、魔法、戦士、SF…と、後にオタクと呼ばれる人々が好む要素も満載でした。

その愛読者である母親の影響を受けたせいか、松尾幸実さんは「自称オタク気質」の漫画家志望となっていったようです。

松尾幸実さんがミスユニバースに応募したわけは?

高校時代は美術部長を務め、漫画を通して仲間を増やしていったという松尾幸実さん。しかしその後、松尾さんは、自宅にひきこもって漫画を描き、仲間との会話はSkypeで、という日々を過ごすようになり、それは大学時代も続きました。

さすがに心配した母親が、娘に外の世界を知ってほしいとすすめたのがモデルの道です。既に松尾さんはコツコツと地元の情報誌やwebを舞台にカットを描き、同人誌用に作品を執筆する活動もスタートしていたので、漫画家兼モデルの生活がはじまりました。

ミスユニバースに応募したのも、「女の戦いを漫画のネタにしたい」が動機だったそう。ところが選考を突破するうちに、「両立は甘くない」と痛感した松尾幸実さんは、決まりかけていた地元情報誌の漫画連載をあきらめ、日本代表の座を掴みました。

日本代表としての活動を終えたあとも、モデルの仕事が忙しくなり漫画家活動は「一旦お休み」となったようです。

松尾幸実さんは過去にどんな漫画を描いてきたのか?

芸能活動の中で松尾さん本人が公式に紹介した過去作品は、一部のイラスト以外にほとんどありません。

かつての松尾さんの漫画家活動は、地元情報誌やwebの依頼で単発でカットなどを描くことと、同人誌活動の二本柱でした。前者は大御所になってアンソロジーでも編集されない限り、再び日の目を見るのは難しそうです。それでは後者の同人誌に関してはどうでしょうか?

ファンは、公式に松尾幸実さんが披露したイラストと画風がそっくりなイラストをネット上などで見つけ出し、松尾さんが「桐谷キリ」「古城キリ」「キリ」のペンネームで活動していたと推測しています。

さらに、そのペンネームで描かれた同人誌はBL系で、その世界では「自カプ(自ジャンルカップリング)」と呼ばれるジャンルのものが主だったようです。

「自カプ」とは、自分の好きな作品の好きな登場人物二人(同性)をカップリングして恋人同士に見立てて描く二次創作です。同人誌では大変人気のあるジャンルですが、メジャーで紹介するには著作権上の問題もありそうです。

さらに今ファンの中で通説となっているペンネームと同人誌が本当に松尾幸実さんのものだとしても、今やオスカープロモーションの元で正統派女優をめざし、いずれはコマーシャル契約も結ぶであろう松尾幸実さんが、あえて過去作品を紹介することにはデメリットがあるかもしれません。こちらも、目にすることは難しそうです。

今後、松尾幸実さんの新たな漫画作品は生まれるのか?

一人で脚本家も演出家も画家もこなす漫画家は生半可な覚悟ではできません。女優デビューしたばかりの松尾さんは、しばらくブログなどでイラストを披露する程度となるでしょう。

しかし、奇しくも松尾さんが女優デビューを飾ったドラマの原作漫画『グ・ラ・メ! -大宰相の料理人-』の原作者西村ミツルさんは、自ら公邸料理人だった経験を活かし、様々な漫画家と組んで(『グ・ラ・メ!』は漫画:大崎充さん)『大使閣下の料理人』『信長のシェフ』などの大ヒット漫画を生み出してきました。

漫画のネタ探しにミスユニバースに応募した松尾幸実さんですから、いつか女優の世界や芸能界を舞台にした漫画を世に送り出してくれることを期待したいものです。

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