明治天皇の玄孫・竹田恒泰氏が結婚!家系図は?お相手は?

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明治天皇の玄孫として知られる、作家でタレントの竹田恒泰(たけだつねやす)氏が4月19日放送の読売テレビ「そこまで言って委員会NP」の番組内でのコメントと自身のWEBサイトにて、結婚したことを発表しました。

お相手は一般の方とのことで、能年玲奈さん似の20代の女性という以外公表されていません。

竹田恒泰氏は1975年生れで今年40歳ですので、10歳以上歳の離れた夫婦ということになります。

同番組パネリストの長谷川幸洋(はせがわゆきひろ)氏によると、お嬢様で清楚な人で、若い頃の吉永小百合に似ているそうです。

竹田家は旧竹田宮家の流れを汲む名家ですから、やはりお相手の方も皇族か旧華族の流れを汲む名門のご出身で、出会ったきっかけはお見合いってところでしょうか。

あるいは、昨年3月まで自身の出身校である慶応義塾大学大学院で非常勤講師を務めてられていましたので、案外教え子の女性という線も考えられますね。

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竹田恒泰氏の家系図

竹田恒泰の家系図

旧竹田宮家は明治後期に北白川宮能久親王(きたしらかわのみや よしひさ しんのう)と側室の間に生まれた第1王子、恒久王により創設された宮家で、1906年に明治天皇より「竹田宮」の宮号を賜りました。

その2年後の1908年に明治天皇の第六皇女・昌子内親王(まさこないしんのう)が降嫁され、恒久王と結婚します。

二人の間には、竹田宮恒徳王(たけだのみやよしつねおう)と禮子女王(あやこじょうおう)が誕生し、2代目当主にあたる恒徳王は三条公輝公爵の女子・光子と結婚、3男2女を設けています。

この三男が竹田恒和氏で、竹田恒泰氏の父親にあたります。

竹田恒泰氏の母親は東京小平市にある精神科病院・松見病院の創設者の孫で、昌子氏。竹田恒和氏に嫁ぎ、現在は離婚しています。

現在、この母方の実家にあたる病院の実質的な経営権は竹田恒泰にあるようですが、経営不振が伝えられ、現在母方の親族とも複雑な関係にあるようです。

華麗なる一族

確かに家系図だけを見ると、まさに華麗なる一族ですが、恒泰氏自身は経営難の病院経営を抱え内情は難しい状況にあるようで、これまでにあった芸能人との浮名も本当のところは、自身を売り出すための話題作りだったのかもしれませんね。

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