野庭高校吹奏楽部がコンクールで金賞した実話がドラマ仰げば尊しに!

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この夏スタートのTBSドラマ「仰げば尊し」は、荒廃した高校生たちが一人の講師の指導によって、吹奏楽に本気で向き合い、全国大会を目指すまでに成長する姿を描く、ヒューマンドラマです。

ここでは、ドラマのモデルとなった高校について、原作の「ブラバンキッズ・ラプソディー」に基づいたご紹介したいと思います。

スタートは2人だけだった吹奏楽部

このストーリーは実話であり、モデルとなったのは1975年に横浜市港南区に創立された県立野庭高校の吹奏楽部です。野庭高校は、現在は統合されて神奈川県立横浜南陵高等学校となっています。

創立の翌年には吹奏楽部が誕生しましたが、その時はたった2名からのスタートだったそうです。それから少しずつ部員が増え、6年後には吹奏コンクール県大会で、35人以内のチームの部門での好成績を収めます。

この時、藤田剛さんという方が1年生にして部長に抜擢されていました。翌年、新入生が大勢入部し、気づけば60名を超す大所帯となったそうですが、チームとしては全くまとまりがなく、音楽的には決して上手いとは言えないランクだったようです。

きっかけは一人の音楽家との出会い

そんな時期に、知り合いの楽器屋から「近くにプロの音楽家が住んでいる」と聞かされ、野庭高校吹奏楽部内で相談して、その音楽家に指導を依頼します。

それが、のちに野庭高校吹奏楽部を全国大会へ導くことになる中澤忠雄さんです。中澤さんはその時、音楽教室の講師をしていたため、あまり乗り気ではなかったそうですが、楽器屋の依頼を無下にできず、また、返事を伺いに来た吹奏楽部の部長・藤田さんの熱意に心打たれて、ついに応えることになったそうです。

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ついに吹奏楽の甲子園へ!

最初はまとまりのなかった生徒たちですが、中澤先生と藤田部長の熱意で、少しずつ音楽に集中していきます。トラブル続出の夏の合宿を乗り越えて絆を強めた吹奏楽部は、1982年の8月、地区大会を突破、続く県大会も制覇し、全国大会は逃したものの、関東大会まで出場することが叶ったのです。

そして翌年の1983年、野庭高校吹奏楽部はついに全国大会に出場。昨年の雪辱を晴らし、家族・部員達が見守る中、見事“金賞”を受賞し、大きな喝采を浴びます。さらに1984年にも、2年連続で全国大会にて“金賞”に選ばれ、野庭高校吹奏楽部は強豪と言われるようになりました。

まったくの無名だった野庭高校吹奏楽部がここまで登りつめた背景には、ひとりの講師と音楽にかける生徒たちの様々な人間模様が詰め込まれているのです。

いまは大人になった卒業生のみなさんが、このドラマにどんな感想と懐かしさを抱くのかも注目されるところですね。

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